Week 1(目標-英語)

どもどもー、もう9月も終わりますが、日本のみなさまいかがお過ごしでしょうか。

グロスターは今週ずっと晴れてて、先週より幾分暖かかったです。ラッキー。

さて、今週は学校が始まって2週目ということで、初週のガイダンスとイントロダクションを経ていよいよ本格的に授業が始まりました。このターム(学期)は9/24から12/7まで延べ11週のコースになっておりまして、配布された資料によると先週は学期外とみなされていたようなので、前回投稿したブログのタイトルをWeek 0に変更しました。今週が本当のweek 1です。(分かりづらくてすみません)

今週は何投稿しようかなーと考えてたんですけど、そもそもお前英語いけんの?って最近結構聞かれるので、今回は主に英語について、授業始まっての感想、これからの目標と具体的取り組みについて書くことに決めました。退屈だとは思いますが、しばしお付き合いを。

【現在地と感想】

まず実際に授業を受けての感想ですが、まあ大丈夫そうだなと。というのも、このコースを開始するに当たって要求される英語のスコアはIELTSのバンドスコア(Listening,Reading,Writing,Speakingの平均)4.5(TOEICスコア換算500〜600)で、あまり高くないんですよね。僕は今年の7月の受験で6.0(TOEICスコア900前後←自慢)取れたんで、英語に関しては今のところなんとかなってます。

ただ、僕のスコアは Listening 7.0  Reading 6.5  Writing5.5  Speaking 5.0の平均で6.0なんで、分野によって偏りがありまして。実際に講師の話すことを聞いて(Listening)指示や授業の流れは理解できるものの、意見を述べること(Speaking)を突然求められると手間取ったりしてます。

講師が「これ分かる奴いる?」的なオープンな質問をしたときにはイニシアチブ取って、アクティブに発言していくことを意識はしてるんですけど、頭の中で文を組み立てて発言するスピードと正確性は、まあなかなかネイティブには叶わないですね。それでもなんとか食らいついてはいけてるので、今学期の終わり頃には勝てるようになりたいです。

【具体的指標と取り組み】

つーことで当面のところは話すこと、書くことを優先的に鍛えていくつもりです。まだフワっとしてますね。掘り下げます。

具体的な取り組みとして、まずスピーキングはこっちに来てからも続けているDMMオンライン英会話で最高難度のエッセイを一本読んで音読、質疑応答を毎朝25分やってます。講師にはスピード落とさずに話してもらって、発音も間違える度にその場で直してもらうことで語彙と流暢さはある程度向上するかなと。

なんでこっちにいるのにオンライン英会話?と思った方向けに説明しておくと、友達や知り合いの人達って、こっちの拙い英語を理解しようと努力してくれるんですね。日本で外国人に「ワタシ エキ イキタイ ドコ」と聞かれても「あなたの日本語は正しくありません、正しくは〜」ってやらないのと同じで、空気悪くなるし話進まないですよね。これだとあまり正確性が向上しません。あとは、レッスン予約入れることで早起きの動機付けにもなります。予定を朝から詰めることで二度寝防止。

もちろんアウトプットの絶対量という面では友達と遊びに行って、話しまくるしかねえなと思ってるんで、意識して社交的に振舞ってもいます(笑)。はい、スピーキングはこんな感じ。

次にライティングについてですが、講師の先生方に個人的にエッセイの宿題を出してもらうことで負荷をかけようと思ってます。僕のライティングが弱いのって多分絶対量の少なさに起因していて、量をこなしてフィードバック貰っての繰り返しを愚直に繰り返すことが一番なんじゃないかと思うので。この作業とGrammar in Use(英語で書かれた英文法の参考書、オススメです)の反復にこのタームは集中します。

あとのリスニングとリーディングはポッドキャストを意識的に聞いて、ペーパーブック(INTO THE WILD)を読むくらいにして、授業で与えられた課題に集中しようと思います。

進級に必要最低限な英語力だけでなく、英語の習得は高いレベルでやりたいので、具体的な指標として2020年の夏までに(多分そこで一度帰国して日本でテスト受けると思うので)、IELTS9.0、TOEIC満点が長期目標です。

以上。

長々と書きましたが、プライオリティーをすぐ忘れて、自分のやりたい、本来優先順位の低いタスクをこなしてしまうのが僕自身の弱点だと思ってるんで、まずは毎日与えられる課題をクオリティ高く処理して、余剰の時間で追加のタスクに手を付けていくことを常に意識していきたいと思ってます。もちろん順位が付けられるものは全て1番、点数が出されるのもは全て100点を目指して。

まあこうやって偉そうに書いてるけど多分ここまで上手くいかないんで(笑)(笑)(笑)

深刻にならず、周りに優しく、日々色んなことに感謝して、たまにはサボリながら(笑)、浮き沈みを受け入れて、それでも継続して一定以上のクオリティのアウトプットができるように、とにかくなんでも楽しんでいこうと思っています。

Without haste, but without rest.

(急がずに、だが休まずに。)

Open Minds,Open Roads.

それではみなさんまた来週!

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うちのフラットは仲が良くて、いつもみんなで夜食べてます。
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ルームメイトのサリル、ネパールから音楽を勉強しにきた。

あ、モロッコブログいかがでしたか?アクセス解析したら予想以上に多くのviewがあって本当に嬉しいです。Facebookにはちょろっと書いたんですけど、写真も文も自分の求めるクオリティーには遠く及びません。まあそんなもんは承知の上で、恥を忍んで人様の前に自分の作ったものを晒して、そこで得られるフィードバックを基に色々試行錯誤を積み重ねようというのが当面の方向性なんで、よろしくお願いします。

モロッコ旅行記⑥ 【2月27日〜3月3日 】

【2月27日】

マラケシュ、特にフナ広場周辺にはサハラ砂漠のツアー斡旋業者が大勢いるが、日本の繁華街で居酒屋のキャッチについて行ってもロクなことにならないように、ツアーは信頼のできる人物、例えば泊まっているホテルやホステルのフロントに案内してもらうのが定石だ。

今回俺が参加したのは2泊3日で世界遺産を巡り砂漠で一泊する、朝夕食コミのバスツアー。750DH≒9000円だった。ホステルで契約したんだけど、同行者に聞く限り、粘り強く交渉すれば700DHまで落とせるらしい。ちくしょう、知らなかったぜ。本当は自分で行きたかったんだけど、一人でレンタカー借りてもコスパ悪いし、現地の人の色んな話を聞いてみたかったのでツアーへの参加を決めた。

出発は2月27日の早朝、同じツアーに参加する同部屋のウクライナ人3人と朝6時半ごろにホステルを出た。街中で同ツアー参加者をピックアップして小型バスはマラケシュを出た。周りを見ると一人で参加してるのは俺だけ、かつ、ほとんどがイタリア語圏からの旅行者でということがわかった。

まず向かったのは世界遺産アイット・ベン・ハドゥの集落。

映画『ソドムとゴモラ』『アラビアのロレンス』『グラディエーター』のロケ地としても有名な場所で、孤立した集落であるがゆえに、盗賊などの掠奪から身を守るため、城砦に匹敵する構造になっている。俺の大好きな日本のロックバンドACIDMAN『アルケミスト』のPVもここで撮影された。ずっと行きたいと思っていた場所だ。

が、すでに6日ほどモロッコを旅してきた俺には特別新しく写ったものはなかった。これは後から知ったことだが、もうここに人は殆ど住んでおらず、毎年莫大な観光客が訪れるだけの形骸化した場所らしい。

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世界遺産のアイット・ベン・ハドゥ

マラケシュからサハラ砂漠へ行くにはアトラス山脈を越え数百キロ車を走らせないといけないので、移動時間がツアーの大部分を占める。

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ホテルの目の前が絶景。
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ガイドの人

 

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車窓から

次に訪れたのがベルベル族のおじさんの家。Take a smile, Don’t worry be happy.って松岡修造みたいなこと言ってたけど、ここ数十年でモロッコがどう変わったのか、子供達の教育は?どう生きてきたのかという話は非常に含蓄に富んだもので、その優しい語り口と独特の雰囲気、時折見せる笑顔からは、彼の歩んできた人生がにじみ出ていた。一通り民芸品、カーペットやバッグなどを宣伝した後も、写真は自由に撮っていい、話を聞いてくれてありがとうと謙虚に話す姿は、街の商人とはあまりにかけ離れたもので、親近感を覚えずにはいられなかった。

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ベルベル族のおじさん、ハンドメイドのカーペットを紹介してたけど、押し売りはしてこなかった。

初日に立ち寄ったのは基本ここら辺、アトラス山脈を越えるのに何度か車を止めて写真撮ったりする時間もあったんだけど、そこで撮った写真はまた別の機会に。さっきも書いたように俺一人参加だったんだけど、イタリア人の男3人組に混ぜてもらってずっと話してたから退屈はしなかった。初日の夜は山間部にあるホテルに宿泊。夕飯も結構豪勢なうえ、一人が幸いして図らずもこの旅初めての個室をあてがわれた。これコミで2泊3日9000円ってすげーいいじゃんと一瞬だけ舞い上がったが、待てど暮らせどシャワーから流れ続ける冷水は俺を容赦無く現実へと引き戻した。

【2月28日】

やっとサハラ砂漠に行ける。キッカケはなんだったか思い出せないけれど、多分中学生か高校生くらいのときからずっと夢見ていた場所だ。大好きな小説、パウロコエーリョの『アルケミスト』でも砂漠は重要な舞台だったし、砂漠を旅するゲーム『風ノ旅ビト』も俺が強く影響を受けたものの1つだ。自分が弱くて、怠惰で俗世的な人間であることを分かっていたので、砂漠というもののもつ厭世的なイメージとミステリアスな部分、そこで暮らす人たちの強さやかっこよさに憧れていたんだと思う。ずっと夢に見ていた土地に辿り着いたとき、自分はそこで何を思うだろうと、この日はずっとワクワク、モヤモヤしていた。

ツアーに昼食は含まれていないので、バスは毎日昼になると観光客向けのレストランに寄る。効率的に料理を出せるように絞り込まれた少数のメニューと強気な値段設定に辟易していたが、ここではオーナーの息子が無邪気に絡んできて好感が持てた。

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レストランの経営者の子供

砂漠の前にトドラ渓谷に立ち寄った。切り立った崖が数百メートル続く渓谷地帯で、ヨセミテに並ぶロッククライミングの聖地らしいのだが、チラッと降りただけでバスに戻されてしまい、奥まで見ることはできなかった。が、ラッキーなことにたまたまこの渓谷に水を組みにきていた本物のノマド民族を見ることができた。大人たちはやはり人目を気にした感じで話せなかったけど、子供にはそんなの関係ない。言葉も何も分からなかったが、こちらに笑顔を向けてくれた子達のこれからが、どうか幸せでありますように。

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ノマド民族の少女
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ノマドの兄弟

気づいたら眠っていた。長距離移動の疲れか、昨日のホテルの部屋が寒すぎて早朝に起きたせいか分からないが、窓の外を見ると、一面砂嵐に包まれていた。Google Mapを確認する。間違いない。サハラ砂漠だ。車を降りて俺が次に乗ったものはラクダ。もうほんっとうに、最高の気分だった。

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もう言葉はいらない。

股関節とケツが悲鳴をあげている。砂漠の柔らかい砂に足を取られながら進むラクダは、左右上下に容赦無く体を揺さぶってくる。でもずっと乗っていたい。なぜか両頬がつりそうだ。前を歩くツアー同行者に言われて気づいた。「タイガ、ずっと笑ってるよ」

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夜の宴、原始の音
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Forever roaming
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最後まで読んでくれてありがとう

俺がここで何を思ったとか、砂漠で何をしたとか書こうと考えてたんだけど、やっぱやめます。読んでくれてありがとう。是非コメント残してって下さい。

最後に、このモロッコの旅行記を、僕がこの旅をしているのと同時期にこの世を旅だった、一人の大切な友人に捧げます。

 

モロッコ旅行記⑤【2月26日〜27日】

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この日は写真撮らなかったんで、シャウエンの猫をどうぞ。

寒さで目が覚めた。前回宿泊したホステルに戻ってきたら、オーバーブッキングで部屋がないから共用スペースに泊まって欲しいと言う。

すでに2泊して従業員とも仲良くなってるし、遅い時間に宿探しもしたくないので、もちろんいいよってことでリビングに泊まったんだけど、自前の大判ストールを追加の掛け布団として被ってもやはり寒かった。
陽のあたるテラスの方が暖かいだろう思いテラスに登ると、太陽が1日の始まりを祝福するかのように目下に広がる土色の街をオレンジに照らしていて、体が芯から温まるのを感じた。
少し日本に電話をして、テラスでリラックスしてると「日本人ですか?」と女性の声が。
そういえばこの国で日本人と話すの初めてだなあとか考えながら、少し情報交換をして別れる。
仕事で長めの休みが取れたらしく、一人で日本から飛んできたらしい。
オレはまだ男だからいいけど、女性一人でバックパッカーかっこいいなあ。
部屋に戻ると、ベッドの上に置き土産のオレンジやホッカイロが置かれていた。
かっこいいなあ。(しほさんありがとう!マジで助かりました。)
マラケシュからのサハラ砂漠ツアーに参加するために、今日は一日移動。
4日前に乗った電車にまた乗り、8時間かけてマラケシュまで戻る。
あえて本もイヤホンも持って来なかったから、ただひたすら車窓を眺めて、日本の友達に送るポストカードを書いて、ぼーっとする。なんと贅沢な時間の使い方だろうか。
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モロッコの車窓から。窓が汚いのはご愛嬌。
列車が半分以上の距離を来たところで一気に乗客が入れ替わり、オレが座っていた向かい合う3人掛けのボックスシートは、同世代くらいの女子集団5人&俺という構図になった。少し居心地の悪さを感じていたんだけど、これがこの旅のハイライトなる。
彼女達がアラビア語楽しく会話している横で、景色を眺めたりポストカードを書いたりしていると、いきなり ”Where are you from?” の声が。手にはサランラップに包まれたお菓子を持ってる。そして間髪入れずに“Eat Eat”、一緒に食べようと。
列車の長距離移動に備えて家で作ってきたらしいお菓子を分けてくれたのだ。
そのときの衝撃と嬉しさと、少しの恥ずかしさ、感動と喜びと一抹の寂しさを表現する言葉をを、まだ俺は見つけられずにいる。
自分たちとは幾分顔の作りが違うアジア人が珍しかっただけかもしれないし、偶然オレの隣に座った子がスーパーフレンドリーなだけだったかもしれない。
しかし、自分なら出来るだろうか?偶然列車で隣り合った、無精ヒゲを生やした自分とは肌の色もバックグラウンドも違う旅人に、なんの屈託もなくお菓子を分け与えることが。
お互いのことを英語で話して、(この国の第二言語はフランス語なので、彼女たちの英語は俺と同じくらい拙かった)、終着駅で別れた。
本当に、心の底から嬉しかった。宮沢賢治の詩を思い出した。
“もうけつしてさびしくはない
なんべんさびしくないと言ったとこで
またさびしくなるのはきまってる
けれどもここはこれでいいのだ
すべてさびしさと悲傷を焚いて
ひとは透明な軌道をすすむ”
春と修羅の一節(小岩井農場 パート9)
彼女たちにまた会うことは、悲しいかな2度とないだろう。インスタでもFacebookでも交換すればよかったのかも。でもここは、これでいいのだ。写真も撮ってない。きっと少しずつ彼女たちの顔も忘れてしまうと思う。でも、それでも、これからモロッコを思い出す度に、どこかでスパイスの匂いを嗅ぐ度に、クスクスを、タジン鍋を食べるときに、彼女たちのことも思い出すだろう。
北アフリカの王国に暮らす、旅人に優しい女性たちのことを。
*明日でモロッコ旅行記おしまい!サハラ砂漠行きます!最後までよろしくお願いします。

モロッコ旅行記④【2月24日〜25日】

今回(特にシャウエン)は写真中心でお送りします。
この国の朝は比較的ゆっくりで、早い時間帯から行動すれば観光地といえども客引きや詐欺師に声を掛けられるのは避けられる。
朝7時頃マーケットを歩くと人は殆どおらず、ネコや牛や馬が路地を自由に闊歩していた。が、バスターミナルは例外だった。
大勢の男達がタバコを吸ったり、その他の何かを吸ったりしながら観光客に絡んでいく。
早朝の出発で朝食が摂れなかったため、水と軽食を買ってバスに乗り込もうとすると、目の充血したヤバそうなおっさんに絡まれる。
おっさん「俺が運転手だ。お前の席はどこだ?案内してやる。荷物はトランクに預けろ。」
あちゃー、こいつ絶対ヤバイやつキメてんな。下手に刺激したくねえ。
「よろしくね。チケットはこれ、席はココ。バックパック一つだから抱えて乗るよ。」
おっさん「満員だから上の棚に入れろ、俺が入れる、バッグをよこせ。」
「オーケー。自分でやるよ。ありがと。またね。」
おっさん「席まで案内してやったんだ、金よこせ。」
おいおい、お前さっき運転手だって言ってたじゃないか。つーかCTM(国営のバス)にはこういうやついないって買いてあったぞ。
などと心の中で愚痴りながらも、5DH(約50円)を渡して席に着いた。何でもかんでも戦うのではなく、ごく少額のお金を渡してトラブルを回避できるなら、そっちの方がいい。
バスは定刻通りにターミナルを出発したが、車内がやけに騒がしい。理由はすぐに分かった。
トランクの扉が閉まっていないのだ。道にスーツケースや巨大なバックパックが投げ出されている。アッハッハッハ!まじかよ!面白すぎるだろモロッコ!
声をあげて笑いたかったが、後ろに乗る旅行者の顔がどんどん青ざめていったので、声を抑えて笑った。
バスは何度か停車し人を乗せながら進む、気づいた。あーこれ国営じゃねえな。確かにジャンレノにはバスターミナルに行きたいとしか伝えてなかったから、オレのミスだ。
昼過ぎにシャウエンに到着。何もない山中に突然現れる青く染まった町。いつ頃からどういった理由でこの町が青くなったのかは諸説ある(青がイスラムの神聖な色だから、虫除けのため、強い日ざしで家の中がまぶしくならないようにするため)が、実際のところはよく分かっていないらしい。いいねえ、ゲームの世界に紛れ込んだみたいだ。
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関係ないけど、英語表記はChefchaouenカタカナにするならシェフシャウエンなのに、なんで日本人だけシャウエンって言うんだろうか。この呼び方で日本人以外に通じたことねえぞ。
閑話休題。到着していきなりだけど、まずは帰りのチケットを確保しないと。バスターミナルから約1キロ、ひたすら急な上り坂を歩いて市街地へ。
そのまた奥のホステルに荷物をおいて、『国営』←ここ大事、バスのチケット売り場を教えてもらう。軽く昼食を取ったあと売り場へ行くと自分と同世代くらいの優しそうな女の子が素晴らしい情報を教えてくれた。
「ごめんなさい。今パソコンが壊れてて何も業務ができないの、申し訳ないけどバス乗り場横のカウンターで買ってくれる?」
え?まじ?もう一回あの坂下って登り返すの?
こうして急な山道を2往復したオレはその後、いつも通り街を彷徨い、いつも通りホステルのルームメイトと会話を交わして、いつもは飲まないビールを飲み(いつもは嫌いだけどモロッコのビールマジで美味しく感じた)眠りに就いた。

こうして半ば無理やりこの日のことを書くのを締めたのも、あまり特筆することがないのだ。ホステル近くにいた子供たちは大都市のちびっ子みたいにすぐお金をせびって来なかったし、

 

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Kids are  Alright.

道行く人も無償で道を教えてくれた。もしかしたらモロッコで一番好きな街かもしれない。

けど、青く染まった美しい街って、結構すぐ飽きるよ笑

 

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ホステルの屋上から撮ったシャウエンの夜景。すごくない?

 

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カリフォルニアから来たという黒人女性。本当に美しかった

 

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実は一番好きな写真。ベルベル族の民族衣装に身を包んだおじさん。

 

こうして写真を撮りまくった俺は帰りは国営のバスに乗ってフェズに戻り、前回と同じホステルに帰ってきましたとさ。

※シャウエンはいい街なんだけど、街ぶらついて写真とっただけだし、丸一日しかいなかったので無理やり終わらせちゃいました。
長めに滞在してトレッキングとかするともっと楽しめると思います。あとはやっぱり天気で印象全然違うので、晴れるまで粘れるだけの時間的余裕を持って行ったらいいかも。
山の斜面一帯が大麻農園になってて、夜になると男達が日本語で「ハッパ?ハッパ?」と大麻を売ろうとしてくるので気をつけて。

モロッコ旅行記③【2月23日】

フェズのホステルで目が覚めたのは朝8時頃、本当はバスで青い街シャウエンまで北上したかったんだけど、ここからのアクセス方法はバスのみで、人気なため前日にチケットを買っておく必要があるらしい。
もちろんそんなことは当日の朝知ったので、この日は移動せず1日フェズ観光。
ホステルのフロントと相談して、1日だけガイドを雇うことにした。
2時間で250DH、値段の交渉はできないらしい。
ホステルの無料の朝食を摂り(これがまた美味いんだ)テラスで日光浴をしながら待っていると、約束よりも30分遅れて、ジャンレノに似た男がやってきた。(以下ジャンレノ)
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ホステルの掃除のおばちゃん。この国の女の人は写真を撮られるのを比較的よしとしないけど、この人は気さくに撮らせてくれたなあ。
「お前がタイガか?車は少し歩いたところに停めてある。行こうか。」
遅れてきた割にはしっかりとした雰囲気に、少し安心しながら彼の車に乗り込む。
ジャンレノ「どこか行きたいところはあるか?」
「皮なめし場に行ければいいかな。シャウエンへのチケット買っておきたいから、
帰りはバスターミナルで降ろして欲しい。レートのいい両替商を知ってれば、そこにも連れて行ってもらえると助かる。あとは任せるよ。」
ジャンレノ「分かった。街中にいい両替商を知ってる。行こうか。」
こうして口数少なく車を発進させた彼は、俺に新しい世界を見せてくれた。
まず行ったのは高台にある墓地群、何千もの白い墓地が並ぶ光景は確かに圧巻だったんだけど、ジャンレノが撮ってくれた俺と風景の写真が恥ずかしいのでここは割愛。
次に陶器類を作ってる工房へ。これから見学する場所の入場料などは全てガイド料に含まれていて、何か言われても1円も払わなくていいらしい。
感じるものがあったり、御礼に何かしたいと言うことがあれば、お土産やさんで買い物をしてやってくれとのこと。頼りになるじゃんか。
中に入ると従業員が一人ついて、タジン鍋やクスクスなど、主にモロッコ料理の調理や盛り付けに使われる陶器が作られる過程を紹介してくれた。
各々が音楽を聴きながら焼きあがった陶器に装飾を施していたり、話をしながら成型作業をしていたが、彼らの手に刻まれた無数の皺と真剣な眼差しは、

その技術を得るのに費やしてきたであろう気の遠くなるような時間と、自身の生業に対する誇りを静かに、力強く物語っていた。

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GoProで撮った写真。そういえば工房で見た女性はこの方一人だった。
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雰囲気あった
次はお待ちかねの革なめし場。モロッコのガイドブックや旅人のブログには必ずと言っていいほど載っている人気のスポットなだけあって、そこかしこから日本語が聞こえた。
入り口で唐突にミントの葉を手渡される。周りを見渡すと何故かみんな鼻に近づけて香りを嗅いでいる。
「ん?これは何のため?」
ジャンレノ「中に入ると分かるけど、動物の皮を加工するところだから、結構独特な匂いがするんだよ、鼻血が出たときのティッシュみたいに、鼻の穴に詰め込むといい」
「あーなるほどね、でも匂いも感じてみたいから、とりあえずこのまま行ってみるよ」
とカッコつけたものの、その5秒後には俺の2つの鼻の穴はミントの葉で一杯になっていた。
ガイドブックに載ってる写真みたいにもっと近くまで行ってみたかったんだけど、入れるのは団体のツアー客のみなのか、そこまでは行けずじまい。
ただ、遠くからでも仕事の過酷さは伝わってきて、さっき行った工房同様に、そこで働く人たちのことを考えずにはいられなかった。
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各々の穴の中に、それぞれ違う染料が入っている。
川なめし場を車で出ようとすると、道路いっぱいに子供たちが広がってサッカーをしているせいで、なかなか進めない。今日は金曜日だけど、この地域の子供達は学校に行ってないからいつもいると、ジャンレノが教えてくれた。
そのあとはよく覚えていないけど、信仰で住み分けがなされており、道の左右で全く建築の異なる通りや、怪しげな両替商に連れて行ってもらい(今回の旅を通して一番レートが良かった)

バスターミナルで無事シャウエンのチケットを買い、安いケバブ(100円!)を食べ、街を歩き、眠りに就いた。

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紛うことなきジャンレノ。
明日はついにシャウエンへ向かう。

モロッコ旅行記②【2月22日】

The HIATUSのCloneが枕元から聞こえる、ああ、俺のiPhoneのアラームがなってんのか。
ええと、そうか、ここはモロッコのマラケシュで、昨日は日本に少しの間住んでたっていうドイツ人とのゲームに負けて飲まされて、そのまま寝たのか。
オッケーオッケー。チェックアウトしてフェズまで電車移動だな。
無料の朝食を軽く口に放り込み、バックパックを背負ってホステルを出た。とりあえず駅まではタクシー、いくらまで値切れるかなあと考えながら大通りに出ると、昨日はそうでもなかったのに、大勢の客引きが声を掛けてくる。
この旅を通して何度も遭遇することになった不思議なんだけど、一体彼らはどうやってタクシーの必要な人とそうでもない人を見分けているんだろう。
とはいえ客引きも一種の仲介業者であって、こういう場合はドライバーと直接交渉した方が安い。
最初50DHだったものが、次第に30DHになり、最後は25DHで同意。半額じゃねえか。。。
駅でチケットを買い列車に乗り込むと意外と綺麗、席は向かい合わせの3人掛けボックスシートになっていて、そんなに混雑もしてない。

モロッコ中央の都市マラケシュから北に位置するフェズまでは電車で約8時間、道中トラブルもなく夜6時過ぎに到着した。

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窓からの景色。
治安の関係もあり、夜に新しい街に着く観光客のほとんどはタクシーを利用するため客引きは熾烈を極める。
「おい、お前タクシー使うか」おっさんが声を掛けてくる。
「うん。ルシーナ広場まではいくら?」
「50だ」「20なら乗るよ」「40までしか下げられない」「じゃあ他を当たるよ」
「分かった。夜間だから20にはできないけど、30で乗せてやる」
「はいはい、じゃあ俺売店で食べ物買って戻ってくるよ」
適当な理由をつけておっさんを巻いて他のドライバーと交渉しようと思ったんだけど、おっさん駅の出口で俺のこと張ってた。まじこえー。
「戻ってきたな、35DHで広場まで、いいな?」「いやさっき30言うたやんけ」
予想以上に値切られたのか、俺を車に乗せたまま「タクシー!」としばらく雄叫びをあげて、デンマーク人の男を捕まえ帰ってきた。おい、相乗りとか聞いてねえぞ(笑)
電車移動中に予約したホステルは一泊800円程だったが経営者がフランス人らしく、清潔でしっかりお湯も出た。
(旧市街の安宿はなぜか中央がブチ抜かれた作りになっているものが多くて、雨が降ったらどうすんだろうなと心配していたが、結局最後まで雨は降らなかった)
久しぶりに清潔なシーツに包まって寝れることに安心し、同部屋のドイツ人の女の子3人組にオススメのレストランを聞いて、クスクス(これで300円!)を食べて深い眠りについた。
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モロッコ料理のクスクス。これ野菜中心のもの。ちょーうまい。
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ドイツ人3人組。次の街シャウエンでも偶然会った。美味しいレストラン教えてくれてありがとう。

モロッコ旅行記①【2月20日〜2月21日】

【2月20日】

ベッドから枕と掛け布団を取り去り、ピンと張ったシーツの上に、
有象無象のアイテムをぶちまける。第1次荷物オーデションのスタート。
それはそのまま、旅の始まり。
今回の目的地はモロッコ、日本から送ってもらった地球の歩き方を読みながら道具を仕分ける。
ニット帽とダウンジャケットは一発不合格、ごめんな、先々週のアイスランドのときは首席合格だったのにな。
開始から約1時間、最終オーデションでイヤホンを落としたところで思い出した。
待てよ、砂漠の夜はめちゃくちゃ冷えるって聞いたことあるぞ。
(このとき頭が働いて本当によかった。)
ユニクロのダウンジャケットが敗者復活から奇跡の逆転合格を果たしたところで、モロッコへ連れて行く全装備が出揃う。

旅慣れた人間ほど荷物は軽く、バックパックは小さくなるとよく言われるけど、オレの荷物はいつも空港職員が顔をしかめる重さだし、
バスに持ち込もうとすると必ずトランクへ入れるよう言われる大きさだ。
より大きなバックパックを欲しいと思うことは多々あれど、小ぶりなそれを購入する予定は悲しいかな全くない。

フライトは21日の朝9時半、色々考えた結果空港で1泊するのが最善ってことで、前日20日の夕方に家を出た。
旧正月のお祝いで賑わうチャイナタウンの端で友達と待ち合わせ、激安日本食レストランで当分有り付けないであろう豚カツ食って
(モロッコは国民のほとんどがムスリムなため、豚肉が手に入らない)バスで郊外のガトウィック空港へ。
24時間オープンのカフェのソファーは先客で埋まっていたけど、なんとか(背もたれを挟んだ反対側でおっさんが地響きのようなイビキをかいて寝ていることに目を瞑れば)良さげなソファーを確保し非常に浅い眠りについた。

 

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一泊したソファーとHexのバックパック(カメラバック)。写真左端に注目してほしい。おっさんの足である。

 

【2月21日】

昨年11月に購入したロンドンとモロッコ中央の都市マラケシュを結ぶ往復航空券は約1万円程だった。
交通機関の運賃は移動距離や時間や快適さをそのまま反映したものではないし、ましてや国が変われば物価も何も違うなんてことは十分承知の上だけど、とはいっても地元の那須塩原から東京まで新幹線往復が1万円ちょっとでしょ。そう考えたらなかなかいい買い物なんじゃねえか。なんて邪推をしながら飛行機に乗り込む。

フライト時間は約3時間半、一眠りしたあと地球の歩き方を読んでいると、隣り合わせたおばちゃんがチラチラこちらを見ていることに気づいた。彼女はモロッコの首都ラバト在住でビジネスで時々イギリスに来てるらしい。日本語のガイドブックが珍しかったようだ。色々教えてくれてありがと!助かったよ!
定刻通り13時にメナラ空港に到着。今までに利用したどの空港より清潔でゴージャスで、アフリカにも近代化の波が到来していることがひしひしと感じられた。とはいえやっぱりここはアフリカ、入国審査の長蛇の列はいくら待てども動かないし、空港職員はすげー無愛想。建物は変わってもそこで働く人や文化は、突然変わらない。

空港で1万円分だけ両替を済ませ、まずは荷物を置きに宿へ。
モロッコの都市は7世紀にアラブ人の侵入によって作られた「メディナ」と呼ばれる旧市街と、
19世紀にフランスの支配下で発展した新市街に分かれており、今夜の宿はどうやら旧市街の中にあるらしい。
外敵の侵入に備えあえて複雑に作られた旧市街の路地は「よそ者は必ず迷う」と言われているが、それをいいことに、何人もの怪しげな男が声を掛けてくる。

 

「どこに行きたいの?チャイニーズ?コリアン?ジャパニーズ?」
「お前が行こうとしてる道は行き止まりだ、俺についてこい」
「その先工事中で進めないから俺が他の道案内してやるよ」

 

オフラインでも使えるGPSの地図アプリ(Maps.me、おすすめです)を使ってたから俺は奴らの嘘に気づけたんだけど、周りを見渡すと親切な助言だとバカ正直に受け取ってしまった旅行者たちが見返りの金銭を要求されてる。なるほどなあ。いつかこうして日銭を稼ぐ奴らも、そんなことする必要がないくらい、豊かな世界になるといいなあ。

懲りずに騙そうとしてくる男たちを適当にあしらって宿の前までたどり着くと、そこでは子供達が無邪気にサッカーに興じていた。その光景はどことなく懐かしく、異国情緒を感じさせるもので、ああここへ来てよかった。と心から思った。

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チェックインを済ませ、バッグをホステルに置いて歩いてフナ広場へ向かう。
道すがらモロッコ最大手の通信会社モロッコテレコムの販売員からSIMカードを購入。
モロッコの通貨はデュラハム(DH)で、1DHが11〜12円。1ギガと1時間の無料通話がついて40DHで合意。後に分かったのだがこれは非常に安い。
購入したSIMをアクティベートさえしてしまえば、皆さんが日本で使っているのと同じようにスマートフォンを使えるようになる。便利な時代だなあ。
これを好ましい時代の変化と捉えるか悪しきものと捉えるかは人それぞれだけど。
正式名ジャマエルフナ、通称フナ広場は11世紀後半、マラケッシュがかつて首都であった頃からこの街の、そして西アフリカ最大の交易場となっていた広場で、それ自体が世界無形文化遺産にも登録されている。近づくにつれて人が増えてなかなか前に進めなかったんだけど、広場に着くと視界は一気に開けた。
おいおいおいおい、マジか。こりゃすげえ。大道芸人や蛇使い、飲食店の屋台、ガラクタ売りなどがところ狭しと軒を並べ、混然とした賑わいを見せる。
俺の今の写真技術や文章力では感じた匂いや音、活気とエネルギーを伝えられないのが本当に悔しいんだけど、そこには確かに尋常じゃないエネルギーが渦巻いてて、世界にはきっと沢山こんな場所があるんだろうな、一つのところに留まってたら勿体ねえな。もっともっと旅をしようと思ったことを覚えている。

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民族衣装

新しい景色と文化とスパイスの匂いに興奮して入り組んだ露店を見て回ったが、(幸い?)あまり欲しいものもなく、屋台でタジン鍋を食べて帰った。

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ケバブ屋のオヤジ。

いくらアフリカといえども季節は2月、夜は普通に冷える。ホステルに戻って、サハラ砂漠から帰ってきた同部屋のフランス人から色々役に立つ情報を教えてもらい、
ああいい日だったな、あとはシャワー浴びて寝るだけだと考えていたが、アフリカはそんなに甘くなかった。

シャワーのお湯が出ねえ。

ヒーターの問題かなと楽観的に考えて3分程待ってみたが少し茶色がかった水がチョロチョロと出てくるだけだった。
歯はカチカチと音を鳴らし、肌は粟立っていたが、日本やイギリスでは到底できないような経験に、心は喜びの声をあげていた。