スプーンの油を零さないように

バイヨンヌ、どこか懐かしいいい街だ。

9日に寮を引き払ってチェルトナムからロンドンへ。人に会いつつ急ぎ足で旅の準備をして11日の早朝にフライト、日付け変わって12日になった今、フランスはバスク地方の港町、バイヨンヌのホテルの一室からこれを書いている。

先週の金曜日、大学1年目が無事に終わった。正直、日本にいたときに予想していたよりも幾分楽なカリキュラムで、拍子抜け感は否めない。20歳まで日本の外に出たこともなかった自分が、イギリスの大学に進学すると決めたとき、ああこれからは常に時間に追われるような生活になるだろうなと覚悟を決めて海を渡ったはずが、意外とそんなこともなかった。

元来怠惰な人間からすると、時間はあったらあったで難しいもので、1年終わって振り返ってみると、結構な時間を無駄にしたなあと暗澹たる気持ちになる。先程書いたように、こっちでの生活は要求されるもの、例えば課題や試験勉強、で忙しくなるだろうと思っていたので、好きなように時間を使っていいと、自由という荒野に放り出されたとき、どこへ向かって進めばいいのか迷い立ち止まることが多かった。

その上、自分は一刻も早く何者かにならなければいけないという強迫観念は日に日に巨大化の一途を辿るばかりで、時間を無駄にしては自己嫌悪に陥る。稀に上手く時間を使えたことはあっても、きっと他の誰かは自分よりも有意義な時間を過ごしただろうと存在しない競争相手を頭の中で作り出し、こちらもまた自己嫌悪に陥った毎日だった。

自分の話はこれくらいで。チェルトナムでは色んな出会いがあった。フォトグラファーとして働かせてもらったバーでは本当にたくさんの人と話して、写真を撮らせてもらった。素敵な日本人の人ともたくさん会ったね。来る前は知らなかったけど、うちの大学は意外と日本人留学生が多くて、最初は変な片意地張って交流してなかったけど、少しづつ打ち解けてみたら本当にみんな素敵でいい人ばかりだった。(まあつまねえヤツらもたくさんいたけどね!)

チェルトナムだけじゃない。ロンドンで、アイスランドで、ウクライナで、ポーランドで、たくさんの邂逅があった。インターネット上でも、インスタでツイッターで、少しずつ色んな人が自分の動向を気にしてくれるようになって、小っ恥ずかしくもあり、嬉しくも、そして怖くもある新しい出会いが本当にたくさんあった。そしてそれと同じ数だけ別れも。

ここでわざわざ別れを数えてセンチメンタルになることはしないけれど、間違いなく言えることがある。自分は全ての出会いに感謝しているということ。そして去っていった人たちへの愛は変わらずにいつまでもそこにあるということ。いつかまたどこかで会えると疑っちゃいないということ。いつかまた絶対に、必ず会える、そう信じているから、そのときが来たらしっかり素直に謝れるように、強く、素敵な人になっていたいと思う。

はい、振り返りはここまで。これからの話を。

明後日バイヨンヌを出てサンジャンピエトボーへ、そこからスペインの最西端のフィステーラ岬まで続く約900kmのキリスト教の巡礼路を、1ヶ月かけ歩いて旅をする。通称「カミーノ」だ。ちなみに俺はキリスト教徒でもなんでもないけど、道は誰にでも開かれている。高校生のとき生物の授業がクソつまんなくてスマホでNaverまとめ読んでたら出てきたのが最初の出会い。そのあと何冊か本を読んでずっと行きたいと思ってた。不安もたくさんあるけれど、客観的に見てそこまで達成困難なことではないと思う。準備不足は否めない。今年行こうと決めていた旅なのに、あまりしっかり準備をせずにここまで来てしまった。でも、この状況で来るしかなかったのだろうなとも思う。SDカードを300GB分しか用意できなかったのは、1枚1枚大切に写真を取るため。スペイン語を全然勉強せずに来ちまったのは、色んな人に教えてもらうため。小さなリュックで旅するのは、本当に必要なものを見極めるため。そうじゃない、本当はそうじゃない。自分が怠惰だっただけだけど、そう解釈することにした。

旅の間は一切SNSの更新も閲覧もせずに、体験に没頭しようと決めた。何かを経験して伝えるということが好きでやってるけど、最近はそれありきになって、今を生きるということが難しくなってきているように感じる。

美しい景色を見ても、興味深い体験をしても、次の瞬間にはそれをどう伝えるかを考えてしまっている。その時点で体験は鮮度を落とし、感情の流れは淀む。もちろん後に情報発信はしていくつもりだ。が、今回はリアルタイムでは一切発信しない。

もう何度も読んだカミーノに関する小説、ブラジル人作家のパウロ・コエーリョの「アルケミスト」にこんな話がある。

幸福の秘密を知ろうと旅をする男はある日、賢者の屋敷を訪れる。賢者は男に「スプーンの油を垂らさず、私の屋敷を散策してきなさい、戻ってきたら秘密を教えよう」と伝える。戻ってきた男に賢者は尋ねる「君は屋敷の美しさを見たかい?手入れされた庭園を、周りの山々を、美術品を見たかい?」と。男は油に集中して何も見ていなかったことを告白し、賢者は改めて男にもう一度同じことをさせる。男は屋敷の素晴らしさを堪能して戻ってきたが、油のことなどすっかり忘れ、スプーンの油はなくなっていた。そこで男に向かって賢者は、以下のように言う。

「では、たった一つだけ教えてあげよう。幸福の秘密とは、屋敷の素晴らしさを味わい、しかもスプーンの油のことを忘れないことだよ」

ここ最近の自分は、スプーンと油に気を取られすぎていたと思う。世界は広く、深く、美しいのに、手元の端末に気を取られて、それを見逃してしまっては勿体ない。伝えることと体験することのバランス。瞬間に没頭するけど、盲目にはならないこと。目標に向かって邁進するけど、道中での出会いや別れも全て楽しむ。木を見て森も見る。

抽象的ですが、こんなことを意識して旅をしたいと思います。

カミーノは「捨てる」旅らしい。歩いて歩いて歩いて、色んなものが削ぎ落とされる。それでも自分にこびりついて離れないものとは何なのか。自分の中に何が残るのか、見てきたいと思います。

久しぶりのブログの更新。何だか相変わらずまとまりのない文章だけど、最後まで読んでくれてありがとう。よい一日を。おしまい。

See the world. Look behind the wall.

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