スプーンの油を零さないように

バイヨンヌ、どこか懐かしいいい街だ。

9日に寮を引き払ってチェルトナムからロンドンへ。人に会いつつ急ぎ足で旅の準備をして11日の早朝にフライト、日付け変わって12日になった今、フランスはバスク地方の港町、バイヨンヌのホテルの一室からこれを書いている。

先週の金曜日、大学1年目が無事に終わった。正直、日本にいたときに予想していたよりも幾分楽なカリキュラムで、拍子抜け感は否めない。20歳まで日本の外に出たこともなかった自分が、イギリスの大学に進学すると決めたとき、ああこれからは常に時間に追われるような生活になるだろうなと覚悟を決めて海を渡ったはずが、意外とそんなこともなかった。

元来怠惰な人間からすると、時間はあったらあったで難しいもので、1年終わって振り返ってみると、結構な時間を無駄にしたなあと暗澹たる気持ちになる。先程書いたように、こっちでの生活は要求されるもの、例えば課題や試験勉強、で忙しくなるだろうと思っていたので、好きなように時間を使っていいと、自由という荒野に放り出されたとき、どこへ向かって進めばいいのか迷い立ち止まることが多かった。

その上、自分は一刻も早く何者かにならなければいけないという強迫観念は日に日に巨大化の一途を辿るばかりで、時間を無駄にしては自己嫌悪に陥る。稀に上手く時間を使えたことはあっても、きっと他の誰かは自分よりも有意義な時間を過ごしただろうと存在しない競争相手を頭の中で作り出し、こちらもまた自己嫌悪に陥った毎日だった。

自分の話はこれくらいで。チェルトナムでは色んな出会いがあった。フォトグラファーとして働かせてもらったバーでは本当にたくさんの人と話して、写真を撮らせてもらった。素敵な日本人の人ともたくさん会ったね。来る前は知らなかったけど、うちの大学は意外と日本人留学生が多くて、最初は変な片意地張って交流してなかったけど、少しづつ打ち解けてみたら本当にみんな素敵でいい人ばかりだった。(まあつまねえヤツらもたくさんいたけどね!)

チェルトナムだけじゃない。ロンドンで、アイスランドで、ウクライナで、ポーランドで、たくさんの邂逅があった。インターネット上でも、インスタでツイッターで、少しずつ色んな人が自分の動向を気にしてくれるようになって、小っ恥ずかしくもあり、嬉しくも、そして怖くもある新しい出会いが本当にたくさんあった。そしてそれと同じ数だけ別れも。

ここでわざわざ別れを数えてセンチメンタルになることはしないけれど、間違いなく言えることがある。自分は全ての出会いに感謝しているということ。そして去っていった人たちへの愛は変わらずにいつまでもそこにあるということ。いつかまたどこかで会えると疑っちゃいないということ。いつかまた絶対に、必ず会える、そう信じているから、そのときが来たらしっかり素直に謝れるように、強く、素敵な人になっていたいと思う。

はい、振り返りはここまで。これからの話を。

明後日バイヨンヌを出てサンジャンピエトボーへ、そこからスペインの最西端のフィステーラ岬まで続く約900kmのキリスト教の巡礼路を、1ヶ月かけ歩いて旅をする。通称「カミーノ」だ。ちなみに俺はキリスト教徒でもなんでもないけど、道は誰にでも開かれている。高校生のとき生物の授業がクソつまんなくてスマホでNaverまとめ読んでたら出てきたのが最初の出会い。そのあと何冊か本を読んでずっと行きたいと思ってた。不安もたくさんあるけれど、客観的に見てそこまで達成困難なことではないと思う。準備不足は否めない。今年行こうと決めていた旅なのに、あまりしっかり準備をせずにここまで来てしまった。でも、この状況で来るしかなかったのだろうなとも思う。SDカードを300GB分しか用意できなかったのは、1枚1枚大切に写真を取るため。スペイン語を全然勉強せずに来ちまったのは、色んな人に教えてもらうため。小さなリュックで旅するのは、本当に必要なものを見極めるため。そうじゃない、本当はそうじゃない。自分が怠惰だっただけだけど、そう解釈することにした。

旅の間は一切SNSの更新も閲覧もせずに、体験に没頭しようと決めた。何かを経験して伝えるということが好きでやってるけど、最近はそれありきになって、今を生きるということが難しくなってきているように感じる。

美しい景色を見ても、興味深い体験をしても、次の瞬間にはそれをどう伝えるかを考えてしまっている。その時点で体験は鮮度を落とし、感情の流れは淀む。もちろん後に情報発信はしていくつもりだ。が、今回はリアルタイムでは一切発信しない。

もう何度も読んだカミーノに関する小説、ブラジル人作家のパウロ・コエーリョの「アルケミスト」にこんな話がある。

幸福の秘密を知ろうと旅をする男はある日、賢者の屋敷を訪れる。賢者は男に「スプーンの油を垂らさず、私の屋敷を散策してきなさい、戻ってきたら秘密を教えよう」と伝える。戻ってきた男に賢者は尋ねる「君は屋敷の美しさを見たかい?手入れされた庭園を、周りの山々を、美術品を見たかい?」と。男は油に集中して何も見ていなかったことを告白し、賢者は改めて男にもう一度同じことをさせる。男は屋敷の素晴らしさを堪能して戻ってきたが、油のことなどすっかり忘れ、スプーンの油はなくなっていた。そこで男に向かって賢者は、以下のように言う。

「では、たった一つだけ教えてあげよう。幸福の秘密とは、屋敷の素晴らしさを味わい、しかもスプーンの油のことを忘れないことだよ」

ここ最近の自分は、スプーンと油に気を取られすぎていたと思う。世界は広く、深く、美しいのに、手元の端末に気を取られて、それを見逃してしまっては勿体ない。伝えることと体験することのバランス。瞬間に没頭するけど、盲目にはならないこと。目標に向かって邁進するけど、道中での出会いや別れも全て楽しむ。木を見て森も見る。

抽象的ですが、こんなことを意識して旅をしたいと思います。

カミーノは「捨てる」旅らしい。歩いて歩いて歩いて、色んなものが削ぎ落とされる。それでも自分にこびりついて離れないものとは何なのか。自分の中に何が残るのか、見てきたいと思います。

久しぶりのブログの更新。何だか相変わらずまとまりのない文章だけど、最後まで読んでくれてありがとう。よい一日を。おしまい。

See the world. Look behind the wall.

week 8 (Cornwall)

旅より面白いものなんて、この世にない。

週最後の授業が終わった金曜13時、急いで寮に帰って授業前にパッキングしておいた荷物の最終確認、14:02にCheltenham Spa駅を発つ電車に乗らなきゃいけないから、あまり時間はない。バッグから教科書を取り出して、交換に歯ブラシとNiveaのチューブクリームを入れる。Alright,よし行くか。

今回向かうはCornwall、見ての通りイギリスの西の果てにある街。Cheltenhamからは2度の乗り換えを含めて列車で約6時間強。まあまあな長旅。目的はFalmouth UniversityのMarine Photography CourseのOpen Day。平たくいうと、オープンキャンパスだ。Screen Shot 2018-11-18 at 20.12.31.png

どこへ行くにもバスが比較的割安なこともあって、実はこの街の鉄道駅は今まで使ったことがなく、Google Mapを見ながら歩いて向かった。

今週は結構忙しくてなかなか睡眠も取れなかった上に、日曜日が提出期限のエッセイもまだ終わっていなかったので、電車内ではまず一眠りして、そのあとしっかりエッセイを書き上げようと計画して列車に飛び乗った。

結果、見事に満員。

日本の新幹線のような構造をしているイギリスの長距離列車の連絡通路では、そのまま日本の新幹線が満員のとき見られるように、男女数人がへたり込んだり、壁に寄りかかって立っていた。

うわーマジかよ。

現実が自分の思い描いていたものを裏切ったとき、落胆すると同時に、自分が旅に戻ってきたことを実感する。それはまるでハゲタカが小動物を攫うように、旅が自分を鷲掴みにして、知らない遠くの街へと連れて行くような感覚。旅に出たのは自分だけど、出たらもう、無抵抗のまま空を飛ぶしかない。

不運にもトイレが設置されている連絡通路から列車に乗り込んでしまった俺は、最初の乗り換えまでの約3時間、誰かが用を足そうとトイレのドアを開けるたびに漂ってくる鼻をつく悪臭に顔をしかめながら、課題のエッセイを書いたり、ラジオを聞いたりしていた。

ちょうど聞いていたラジオで写真家のChris Burkardが言っていた。

”Anything that is worth pursuing is going to require us to suffer”

価値のあるものを獲得するには、必ず苦しまなければならない。

IMG_7712
列車に反射した影が、旅のキツさを語る

2度の乗り換えを経て目的地へ辿り着くころには、辺りは真っ暗に、乗客も自分のみになっていた。そりゃそうだ。だってこの先にもう駅はないんだから(笑)。

無人駅で列車を降り、向かったのは事前にCouchsurfingで連絡を取っておいたMaxの家。今夜の寝床だ。

ちなみに彼とは事前に会ったこともない、話したこともない。

知らない人のために説明しておくと、Couchsurfing(カウチサーフィン)とは、旅人のためのアプリ、ネットワークです。土地の名前を検索すると、そこに住んでいて、ベッドが余っていたり、ソファーになら泊まっていいよって人を見つけられる、完全無料のサービスです。僕は結構使っていて、日本では1o組以上の旅人を泊めて、旅人としての利用は今回が3回目です。

知らされた住所を頼りに、おそらくそうだろうと思われる建物の前まで来たもののイマイチ確証が持てずにいると、偶然隣の家に住む住人が帰って来た。

「ここにMaxってやつ住んでる?」「うん!ここMaxの家よ!」「ありがとう!」

インターホンがないのでドアをノックすると、すぐドアは開き、目の前には想像していたより幾分小柄な男(多分俺と同じくらい)が立っていた。

「ようこそタイガ、紅茶を入れるよ。上がって。今ちょうど一緒に住んでる友達が帰ってきたから紹介するよ、彼がHairry。」お互い自己紹介を済ませて、家(なんと築500年!)を紹介してもらった後、始まったのは旅の話。

事前にプロフィールで読んで少し知ってはいたんだけど、これが凄かった。MaxとHairryは大学を卒業した後やりたい仕事も将来の目標もなくて、とにかくまずは世界を見ようと決めて、2人でヨットで旅に出たらしい。

Cornwallから出航してフランスの港に渡った後、ヨーロッパやアフリカの港町を周遊。

Hairryは途中ポルトガルで恋に落ちで船を去って、Maxは一人で旅を続けた。

サーフボードとギターを船に乗せて、未知の波と港を求めて旅をした話は、今まで読んだどんな旅の話よりも刺激的で、彼らのから滲み出る優しさと強さは、きっとこの旅が彼らに授けたものなのだろうと感じた。

ちなみに彼らの旅は沢山のヨット雑誌や旅行誌に記事化されている。

11時前、海近くにいつも行ってるバーがあるから行かないかと誘われ、二つ返事で快諾。

外へ出ると、自転車に乗ったHairryがサドルを指差す。「行くぞー」

え?まじ?ここめっちゃ坂急だよ?ヘルメットは?つか降ってすぐ下ハイウェイじゃん。そもそも荷台のあるママチャリならまだしも、これ結構ガチのチャリじゃん?

たまに頭と心は喧嘩をするから厄介だ。恐えええええええええええええ!けど知らねえ!もうどうにでもなれ!

こうして頭で計算した恐怖を無理やり押し殺して心に従った結果得られた経験は、想像を遥かに上回る美しさだった。

漕がずとも勝手に降っていくというのに笑いながらペダルを漕ぐイかれたHairryと、必死に捕まる俺、隣で自転車を漕ぎつつ爆笑しながら動画を撮るMax。気づいた、俺試されてたな(笑)。

自転車はスピードをあげ夜のハイウェイを走り抜けていく。目下には、月明かりに照らされた無限に広がる海。港には沢山のボートやヨットが停泊している。頭上には満点に広がる星空。

潮の匂いがする、魚の、タバコの匂いがする。深く息を吸い込んでその空気を肺に満たすと、胸が熱くなった。俺は今確かに生きている。

カウンターのみの、小さな、今まで見た中で一番小さなバーで、今までで一番美味い酒を飲んで(ちなみにMaxが全て奢ってくれた)バーに来ていた彼らの友達と自転車を3人乗りしたりしてふざけ倒したのち、家路に着いた。

帰り際Hairryが静かに呟いた「タイガさ、行きはチャリの2人乗りにビビってたけど、3人乗りを経験した後は全然怖くなかったでしょ?一度Comfort Zone(安全地帯)を出て色々やってみると、なんでも大したことなく感じるんだよ」という言葉は、今も心に刻まれている。

早朝に家を出るため明日はもう会えないことを彼らに伝えて別れの挨拶を済ませ、コロンビアの友達に電話をし、ソファーの上で深い眠りについた。

IMG_7765
Hairry(左)とMax(右奥)とMaxの彼女

太陽が昇る前に家を出た。オープンキャンパスは9:30から昼まで、14時の列車で帰らなきゃいけないことを考えると時間はなかったので、早起きして海岸線を歩いた。

IMG_7857
Falmouthの海

それにしても、この街の人はすれ違うとみんな笑顔で挨拶してくれる。まだ大学チェックしてないけど、もうここに住みたいと思い始めていた。

IMG_7794
老人と海

肝心の大学見学を無事終えて(印象はすごく良かった)駅まで向かうと、猛烈な空腹感に襲われた。そういえば昨日の昼から何も食べてない。大学キャンパス間のシャトルバスで少し話した学生に教えてもらった、イギリスで一番美味いというfish & chips屋に入って、写真を撮るのも忘れて貪り食った。めちゃくちゃ美味かったけど、それが空腹のお陰かどうかはもう分からない。

IMG_7891
港町

電車の時間まで約1時間、疲れ果てていたのもあって、適当なカフェにでも入って時間を潰そうかと思ったけど、帰りの電車で休めばいいと自分に言い聞かせて、しばしハイキング。

辿り着いた小高い丘の頂上からは街全体と海が見渡せて、俺をここに導いてくれた様々な出会いに感謝してまた戻ってこれるように祈った。無神論者なので、一体自分が何に祈ったのかは分からないが。

IMG_7943
最後にやっと晴れた

約18時間の滞在だったけど、本当にこの街が好きになった。

帰りは一瞬だった。列車に乗ってすぐ眠りに落ちて、2度の乗り換え以外記憶がない。

大好きなライターのホーボージュンの兄貴も言ってた。旅に出たら違う人間になって帰ってくる。じゃなきゃ旅に出る意味なんてない。俺もずっとそう思ってる。1日ぶりにCheltenhamに帰ってきたとき、この街が前と少し違って見えた。きっとMaxが、Hairryが、頼んだら笑顔で写真を撮らせてくえたおじいさんたちが、バーのマスターのお姉さんが、自分を少し成長させてくれたのだと思う。

やっぱり旅より面白いものなんて、この世にない。

Maxの旅の動画

モロッコ旅行記⑥ 【2月27日〜3月3日 】

【2月27日】

マラケシュ、特にフナ広場周辺にはサハラ砂漠のツアー斡旋業者が大勢いるが、日本の繁華街で居酒屋のキャッチについて行ってもロクなことにならないように、ツアーは信頼のできる人物、例えば泊まっているホテルやホステルのフロントに案内してもらうのが定石だ。

今回俺が参加したのは2泊3日で世界遺産を巡り砂漠で一泊する、朝夕食コミのバスツアー。750DH≒9000円だった。ホステルで契約したんだけど、同行者に聞く限り、粘り強く交渉すれば700DHまで落とせるらしい。ちくしょう、知らなかったぜ。本当は自分で行きたかったんだけど、一人でレンタカー借りてもコスパ悪いし、現地の人の色んな話を聞いてみたかったのでツアーへの参加を決めた。

出発は2月27日の早朝、同じツアーに参加する同部屋のウクライナ人3人と朝6時半ごろにホステルを出た。街中で同ツアー参加者をピックアップして小型バスはマラケシュを出た。周りを見ると一人で参加してるのは俺だけ、かつ、ほとんどがイタリア語圏からの旅行者でということがわかった。

まず向かったのは世界遺産アイット・ベン・ハドゥの集落。

映画『ソドムとゴモラ』『アラビアのロレンス』『グラディエーター』のロケ地としても有名な場所で、孤立した集落であるがゆえに、盗賊などの掠奪から身を守るため、城砦に匹敵する構造になっている。俺の大好きな日本のロックバンドACIDMAN『アルケミスト』のPVもここで撮影された。ずっと行きたいと思っていた場所だ。

が、すでに6日ほどモロッコを旅してきた俺には特別新しく写ったものはなかった。これは後から知ったことだが、もうここに人は殆ど住んでおらず、毎年莫大な観光客が訪れるだけの形骸化した場所らしい。

IMG_5287
世界遺産のアイット・ベン・ハドゥ

マラケシュからサハラ砂漠へ行くにはアトラス山脈を越え数百キロ車を走らせないといけないので、移動時間がツアーの大部分を占める。

IMG_5421
ホテルの目の前が絶景。
PHOTO-2018-03-07-07-10-56
ガイドの人

 

IMG_5971
車窓から

次に訪れたのがベルベル族のおじさんの家。Take a smile, Don’t worry be happy.って松岡修造みたいなこと言ってたけど、ここ数十年でモロッコがどう変わったのか、子供達の教育は?どう生きてきたのかという話は非常に含蓄に富んだもので、その優しい語り口と独特の雰囲気、時折見せる笑顔からは、彼の歩んできた人生がにじみ出ていた。一通り民芸品、カーペットやバッグなどを宣伝した後も、写真は自由に撮っていい、話を聞いてくれてありがとうと謙虚に話す姿は、街の商人とはあまりにかけ離れたもので、親近感を覚えずにはいられなかった。

IMG_5460
ベルベル族のおじさん、ハンドメイドのカーペットを紹介してたけど、押し売りはしてこなかった。

初日に立ち寄ったのは基本ここら辺、アトラス山脈を越えるのに何度か車を止めて写真撮ったりする時間もあったんだけど、そこで撮った写真はまた別の機会に。さっきも書いたように俺一人参加だったんだけど、イタリア人の男3人組に混ぜてもらってずっと話してたから退屈はしなかった。初日の夜は山間部にあるホテルに宿泊。夕飯も結構豪勢なうえ、一人が幸いして図らずもこの旅初めての個室をあてがわれた。これコミで2泊3日9000円ってすげーいいじゃんと一瞬だけ舞い上がったが、待てど暮らせどシャワーから流れ続ける冷水は俺を容赦無く現実へと引き戻した。

【2月28日】

やっとサハラ砂漠に行ける。キッカケはなんだったか思い出せないけれど、多分中学生か高校生くらいのときからずっと夢見ていた場所だ。大好きな小説、パウロコエーリョの『アルケミスト』でも砂漠は重要な舞台だったし、砂漠を旅するゲーム『風ノ旅ビト』も俺が強く影響を受けたものの1つだ。自分が弱くて、怠惰で俗世的な人間であることを分かっていたので、砂漠というもののもつ厭世的なイメージとミステリアスな部分、そこで暮らす人たちの強さやかっこよさに憧れていたんだと思う。ずっと夢に見ていた土地に辿り着いたとき、自分はそこで何を思うだろうと、この日はずっとワクワク、モヤモヤしていた。

ツアーに昼食は含まれていないので、バスは毎日昼になると観光客向けのレストランに寄る。効率的に料理を出せるように絞り込まれた少数のメニューと強気な値段設定に辟易していたが、ここではオーナーの息子が無邪気に絡んできて好感が持てた。

PHOTO-2018-03-07-07-10-55
レストランの経営者の子供

砂漠の前にトドラ渓谷に立ち寄った。切り立った崖が数百メートル続く渓谷地帯で、ヨセミテに並ぶロッククライミングの聖地らしいのだが、チラッと降りただけでバスに戻されてしまい、奥まで見ることはできなかった。が、ラッキーなことにたまたまこの渓谷に水を組みにきていた本物のノマド民族を見ることができた。大人たちはやはり人目を気にした感じで話せなかったけど、子供にはそんなの関係ない。言葉も何も分からなかったが、こちらに笑顔を向けてくれた子達のこれからが、どうか幸せでありますように。

IMG_5539
ノマド民族の少女
IMG_5545
ノマドの兄弟

気づいたら眠っていた。長距離移動の疲れか、昨日のホテルの部屋が寒すぎて早朝に起きたせいか分からないが、窓の外を見ると、一面砂嵐に包まれていた。Google Mapを確認する。間違いない。サハラ砂漠だ。車を降りて俺が次に乗ったものはラクダ。もうほんっとうに、最高の気分だった。

PHOTO-2018-03-07-07-10-52
もう言葉はいらない。

股関節とケツが悲鳴をあげている。砂漠の柔らかい砂に足を取られながら進むラクダは、左右上下に容赦無く体を揺さぶってくる。でもずっと乗っていたい。なぜか両頬がつりそうだ。前を歩くツアー同行者に言われて気づいた。「タイガ、ずっと笑ってるよ」

PHOTO-2018-03-07-07-10-41
夜の宴、原始の音
PHOTO-2018-03-07-07-10-42 2
Forever roaming
PHOTO-2018-03-07-07-10-50
最後まで読んでくれてありがとう

俺がここで何を思ったとか、砂漠で何をしたとか書こうと考えてたんだけど、やっぱやめます。読んでくれてありがとう。是非コメント残してって下さい。

最後に、このモロッコの旅行記を、僕がこの旅をしているのと同時期にこの世を旅だった、一人の大切な友人に捧げます。

 

モロッコ旅行記⑤【2月26日〜27日】

IMG_4834
この日は写真撮らなかったんで、シャウエンの猫をどうぞ。

寒さで目が覚めた。前回宿泊したホステルに戻ってきたら、オーバーブッキングで部屋がないから共用スペースに泊まって欲しいと言う。

すでに2泊して従業員とも仲良くなってるし、遅い時間に宿探しもしたくないので、もちろんいいよってことでリビングに泊まったんだけど、自前の大判ストールを追加の掛け布団として被ってもやはり寒かった。
陽のあたるテラスの方が暖かいだろう思いテラスに登ると、太陽が1日の始まりを祝福するかのように目下に広がる土色の街をオレンジに照らしていて、体が芯から温まるのを感じた。
少し日本に電話をして、テラスでリラックスしてると「日本人ですか?」と女性の声が。
そういえばこの国で日本人と話すの初めてだなあとか考えながら、少し情報交換をして別れる。
仕事で長めの休みが取れたらしく、一人で日本から飛んできたらしい。
オレはまだ男だからいいけど、女性一人でバックパッカーかっこいいなあ。
部屋に戻ると、ベッドの上に置き土産のオレンジやホッカイロが置かれていた。
かっこいいなあ。(しほさんありがとう!マジで助かりました。)
マラケシュからのサハラ砂漠ツアーに参加するために、今日は一日移動。
4日前に乗った電車にまた乗り、8時間かけてマラケシュまで戻る。
あえて本もイヤホンも持って来なかったから、ただひたすら車窓を眺めて、日本の友達に送るポストカードを書いて、ぼーっとする。なんと贅沢な時間の使い方だろうか。
IMG_4613
モロッコの車窓から。窓が汚いのはご愛嬌。
列車が半分以上の距離を来たところで一気に乗客が入れ替わり、オレが座っていた向かい合う3人掛けのボックスシートは、同世代くらいの女子集団5人&俺という構図になった。少し居心地の悪さを感じていたんだけど、これがこの旅のハイライトなる。
彼女達がアラビア語楽しく会話している横で、景色を眺めたりポストカードを書いたりしていると、いきなり ”Where are you from?” の声が。手にはサランラップに包まれたお菓子を持ってる。そして間髪入れずに“Eat Eat”、一緒に食べようと。
列車の長距離移動に備えて家で作ってきたらしいお菓子を分けてくれたのだ。
そのときの衝撃と嬉しさと、少しの恥ずかしさ、感動と喜びと一抹の寂しさを表現する言葉をを、まだ俺は見つけられずにいる。
自分たちとは幾分顔の作りが違うアジア人が珍しかっただけかもしれないし、偶然オレの隣に座った子がスーパーフレンドリーなだけだったかもしれない。
しかし、自分なら出来るだろうか?偶然列車で隣り合った、無精ヒゲを生やした自分とは肌の色もバックグラウンドも違う旅人に、なんの屈託もなくお菓子を分け与えることが。
お互いのことを英語で話して、(この国の第二言語はフランス語なので、彼女たちの英語は俺と同じくらい拙かった)、終着駅で別れた。
本当に、心の底から嬉しかった。宮沢賢治の詩を思い出した。
“もうけつしてさびしくはない
なんべんさびしくないと言ったとこで
またさびしくなるのはきまってる
けれどもここはこれでいいのだ
すべてさびしさと悲傷を焚いて
ひとは透明な軌道をすすむ”
春と修羅の一節(小岩井農場 パート9)
彼女たちにまた会うことは、悲しいかな2度とないだろう。インスタでもFacebookでも交換すればよかったのかも。でもここは、これでいいのだ。写真も撮ってない。きっと少しずつ彼女たちの顔も忘れてしまうと思う。でも、それでも、これからモロッコを思い出す度に、どこかでスパイスの匂いを嗅ぐ度に、クスクスを、タジン鍋を食べるときに、彼女たちのことも思い出すだろう。
北アフリカの王国に暮らす、旅人に優しい女性たちのことを。
*明日でモロッコ旅行記おしまい!サハラ砂漠行きます!最後までよろしくお願いします。

モロッコ旅行記④【2月24日〜25日】

今回(特にシャウエン)は写真中心でお送りします。
この国の朝は比較的ゆっくりで、早い時間帯から行動すれば観光地といえども客引きや詐欺師に声を掛けられるのは避けられる。
朝7時頃マーケットを歩くと人は殆どおらず、ネコや牛や馬が路地を自由に闊歩していた。が、バスターミナルは例外だった。
大勢の男達がタバコを吸ったり、その他の何かを吸ったりしながら観光客に絡んでいく。
早朝の出発で朝食が摂れなかったため、水と軽食を買ってバスに乗り込もうとすると、目の充血したヤバそうなおっさんに絡まれる。
おっさん「俺が運転手だ。お前の席はどこだ?案内してやる。荷物はトランクに預けろ。」
あちゃー、こいつ絶対ヤバイやつキメてんな。下手に刺激したくねえ。
「よろしくね。チケットはこれ、席はココ。バックパック一つだから抱えて乗るよ。」
おっさん「満員だから上の棚に入れろ、俺が入れる、バッグをよこせ。」
「オーケー。自分でやるよ。ありがと。またね。」
おっさん「席まで案内してやったんだ、金よこせ。」
おいおい、お前さっき運転手だって言ってたじゃないか。つーかCTM(国営のバス)にはこういうやついないって買いてあったぞ。
などと心の中で愚痴りながらも、5DH(約50円)を渡して席に着いた。何でもかんでも戦うのではなく、ごく少額のお金を渡してトラブルを回避できるなら、そっちの方がいい。
バスは定刻通りにターミナルを出発したが、車内がやけに騒がしい。理由はすぐに分かった。
トランクの扉が閉まっていないのだ。道にスーツケースや巨大なバックパックが投げ出されている。アッハッハッハ!まじかよ!面白すぎるだろモロッコ!
声をあげて笑いたかったが、後ろに乗る旅行者の顔がどんどん青ざめていったので、声を抑えて笑った。
バスは何度か停車し人を乗せながら進む、気づいた。あーこれ国営じゃねえな。確かにジャンレノにはバスターミナルに行きたいとしか伝えてなかったから、オレのミスだ。
昼過ぎにシャウエンに到着。何もない山中に突然現れる青く染まった町。いつ頃からどういった理由でこの町が青くなったのかは諸説ある(青がイスラムの神聖な色だから、虫除けのため、強い日ざしで家の中がまぶしくならないようにするため)が、実際のところはよく分かっていないらしい。いいねえ、ゲームの世界に紛れ込んだみたいだ。
IMG_5015.jpg
関係ないけど、英語表記はChefchaouenカタカナにするならシェフシャウエンなのに、なんで日本人だけシャウエンって言うんだろうか。この呼び方で日本人以外に通じたことねえぞ。
閑話休題。到着していきなりだけど、まずは帰りのチケットを確保しないと。バスターミナルから約1キロ、ひたすら急な上り坂を歩いて市街地へ。
そのまた奥のホステルに荷物をおいて、『国営』←ここ大事、バスのチケット売り場を教えてもらう。軽く昼食を取ったあと売り場へ行くと自分と同世代くらいの優しそうな女の子が素晴らしい情報を教えてくれた。
「ごめんなさい。今パソコンが壊れてて何も業務ができないの、申し訳ないけどバス乗り場横のカウンターで買ってくれる?」
え?まじ?もう一回あの坂下って登り返すの?
こうして急な山道を2往復したオレはその後、いつも通り街を彷徨い、いつも通りホステルのルームメイトと会話を交わして、いつもは飲まないビールを飲み(いつもは嫌いだけどモロッコのビールマジで美味しく感じた)眠りに就いた。

こうして半ば無理やりこの日のことを書くのを締めたのも、あまり特筆することがないのだ。ホステル近くにいた子供たちは大都市のちびっ子みたいにすぐお金をせびって来なかったし、

 

IMG_4935
Kids are  Alright.

道行く人も無償で道を教えてくれた。もしかしたらモロッコで一番好きな街かもしれない。

けど、青く染まった美しい街って、結構すぐ飽きるよ笑

 

IMG_3634
ホステルの屋上から撮ったシャウエンの夜景。すごくない?

 

IMG_4890
カリフォルニアから来たという黒人女性。本当に美しかった

 

IMG_4910
実は一番好きな写真。ベルベル族の民族衣装に身を包んだおじさん。

 

こうして写真を撮りまくった俺は帰りは国営のバスに乗ってフェズに戻り、前回と同じホステルに帰ってきましたとさ。

※シャウエンはいい街なんだけど、街ぶらついて写真とっただけだし、丸一日しかいなかったので無理やり終わらせちゃいました。
長めに滞在してトレッキングとかするともっと楽しめると思います。あとはやっぱり天気で印象全然違うので、晴れるまで粘れるだけの時間的余裕を持って行ったらいいかも。
山の斜面一帯が大麻農園になってて、夜になると男達が日本語で「ハッパ?ハッパ?」と大麻を売ろうとしてくるので気をつけて。

モロッコ旅行記③【2月23日】

フェズのホステルで目が覚めたのは朝8時頃、本当はバスで青い街シャウエンまで北上したかったんだけど、ここからのアクセス方法はバスのみで、人気なため前日にチケットを買っておく必要があるらしい。
もちろんそんなことは当日の朝知ったので、この日は移動せず1日フェズ観光。
ホステルのフロントと相談して、1日だけガイドを雇うことにした。
2時間で250DH、値段の交渉はできないらしい。
ホステルの無料の朝食を摂り(これがまた美味いんだ)テラスで日光浴をしながら待っていると、約束よりも30分遅れて、ジャンレノに似た男がやってきた。(以下ジャンレノ)
IMG_4683
ホステルの掃除のおばちゃん。この国の女の人は写真を撮られるのを比較的よしとしないけど、この人は気さくに撮らせてくれたなあ。
「お前がタイガか?車は少し歩いたところに停めてある。行こうか。」
遅れてきた割にはしっかりとした雰囲気に、少し安心しながら彼の車に乗り込む。
ジャンレノ「どこか行きたいところはあるか?」
「皮なめし場に行ければいいかな。シャウエンへのチケット買っておきたいから、
帰りはバスターミナルで降ろして欲しい。レートのいい両替商を知ってれば、そこにも連れて行ってもらえると助かる。あとは任せるよ。」
ジャンレノ「分かった。街中にいい両替商を知ってる。行こうか。」
こうして口数少なく車を発進させた彼は、俺に新しい世界を見せてくれた。
まず行ったのは高台にある墓地群、何千もの白い墓地が並ぶ光景は確かに圧巻だったんだけど、ジャンレノが撮ってくれた俺と風景の写真が恥ずかしいのでここは割愛。
次に陶器類を作ってる工房へ。これから見学する場所の入場料などは全てガイド料に含まれていて、何か言われても1円も払わなくていいらしい。
感じるものがあったり、御礼に何かしたいと言うことがあれば、お土産やさんで買い物をしてやってくれとのこと。頼りになるじゃんか。
中に入ると従業員が一人ついて、タジン鍋やクスクスなど、主にモロッコ料理の調理や盛り付けに使われる陶器が作られる過程を紹介してくれた。
各々が音楽を聴きながら焼きあがった陶器に装飾を施していたり、話をしながら成型作業をしていたが、彼らの手に刻まれた無数の皺と真剣な眼差しは、

その技術を得るのに費やしてきたであろう気の遠くなるような時間と、自身の生業に対する誇りを静かに、力強く物語っていた。

IMG_2851
GoProで撮った写真。そういえば工房で見た女性はこの方一人だった。
PHOTO-2018-03-07-07-10-51 2
雰囲気あった
次はお待ちかねの革なめし場。モロッコのガイドブックや旅人のブログには必ずと言っていいほど載っている人気のスポットなだけあって、そこかしこから日本語が聞こえた。
入り口で唐突にミントの葉を手渡される。周りを見渡すと何故かみんな鼻に近づけて香りを嗅いでいる。
「ん?これは何のため?」
ジャンレノ「中に入ると分かるけど、動物の皮を加工するところだから、結構独特な匂いがするんだよ、鼻血が出たときのティッシュみたいに、鼻の穴に詰め込むといい」
「あーなるほどね、でも匂いも感じてみたいから、とりあえずこのまま行ってみるよ」
とカッコつけたものの、その5秒後には俺の2つの鼻の穴はミントの葉で一杯になっていた。
ガイドブックに載ってる写真みたいにもっと近くまで行ってみたかったんだけど、入れるのは団体のツアー客のみなのか、そこまでは行けずじまい。
ただ、遠くからでも仕事の過酷さは伝わってきて、さっき行った工房同様に、そこで働く人たちのことを考えずにはいられなかった。
IMG_4750
各々の穴の中に、それぞれ違う染料が入っている。
川なめし場を車で出ようとすると、道路いっぱいに子供たちが広がってサッカーをしているせいで、なかなか進めない。今日は金曜日だけど、この地域の子供達は学校に行ってないからいつもいると、ジャンレノが教えてくれた。
そのあとはよく覚えていないけど、信仰で住み分けがなされており、道の左右で全く建築の異なる通りや、怪しげな両替商に連れて行ってもらい(今回の旅を通して一番レートが良かった)

バスターミナルで無事シャウエンのチケットを買い、安いケバブ(100円!)を食べ、街を歩き、眠りに就いた。

IMG_4766
紛うことなきジャンレノ。
明日はついにシャウエンへ向かう。

モロッコ旅行記②【2月22日】

The HIATUSのCloneが枕元から聞こえる、ああ、俺のiPhoneのアラームがなってんのか。
ええと、そうか、ここはモロッコのマラケシュで、昨日は日本に少しの間住んでたっていうドイツ人とのゲームに負けて飲まされて、そのまま寝たのか。
オッケーオッケー。チェックアウトしてフェズまで電車移動だな。
無料の朝食を軽く口に放り込み、バックパックを背負ってホステルを出た。とりあえず駅まではタクシー、いくらまで値切れるかなあと考えながら大通りに出ると、昨日はそうでもなかったのに、大勢の客引きが声を掛けてくる。
この旅を通して何度も遭遇することになった不思議なんだけど、一体彼らはどうやってタクシーの必要な人とそうでもない人を見分けているんだろう。
とはいえ客引きも一種の仲介業者であって、こういう場合はドライバーと直接交渉した方が安い。
最初50DHだったものが、次第に30DHになり、最後は25DHで同意。半額じゃねえか。。。
駅でチケットを買い列車に乗り込むと意外と綺麗、席は向かい合わせの3人掛けボックスシートになっていて、そんなに混雑もしてない。

モロッコ中央の都市マラケシュから北に位置するフェズまでは電車で約8時間、道中トラブルもなく夜6時過ぎに到着した。

IMG_4602
窓からの景色。
治安の関係もあり、夜に新しい街に着く観光客のほとんどはタクシーを利用するため客引きは熾烈を極める。
「おい、お前タクシー使うか」おっさんが声を掛けてくる。
「うん。ルシーナ広場まではいくら?」
「50だ」「20なら乗るよ」「40までしか下げられない」「じゃあ他を当たるよ」
「分かった。夜間だから20にはできないけど、30で乗せてやる」
「はいはい、じゃあ俺売店で食べ物買って戻ってくるよ」
適当な理由をつけておっさんを巻いて他のドライバーと交渉しようと思ったんだけど、おっさん駅の出口で俺のこと張ってた。まじこえー。
「戻ってきたな、35DHで広場まで、いいな?」「いやさっき30言うたやんけ」
予想以上に値切られたのか、俺を車に乗せたまま「タクシー!」としばらく雄叫びをあげて、デンマーク人の男を捕まえ帰ってきた。おい、相乗りとか聞いてねえぞ(笑)
電車移動中に予約したホステルは一泊800円程だったが経営者がフランス人らしく、清潔でしっかりお湯も出た。
(旧市街の安宿はなぜか中央がブチ抜かれた作りになっているものが多くて、雨が降ったらどうすんだろうなと心配していたが、結局最後まで雨は降らなかった)
久しぶりに清潔なシーツに包まって寝れることに安心し、同部屋のドイツ人の女の子3人組にオススメのレストランを聞いて、クスクス(これで300円!)を食べて深い眠りについた。
IMG_4777
モロッコ料理のクスクス。これ野菜中心のもの。ちょーうまい。
IMG_4671
ドイツ人3人組。次の街シャウエンでも偶然会った。美味しいレストラン教えてくれてありがとう。